17.7.2015
短命に終わったジャガールクルトの銘品「レベルソメモリー」
Komehyo
ブログ担当者:須川
ジャガールクルトが誇る銘品「レベルソ」。今週はシリーズブログ「ネクストヴィンテージ ※1」の第4回目として、1999年に登場し、短い期間しか製造されなかった「レベルソメモリー」について述べさせていただきます。
○レベルソメモリー
表面
裏面
まずは、1990年代の時計の魅力を知るために、時代背景から解説します。
■1990年代の時計の良さとは?
20世紀に入って「腕時計」というアイテムが登場し、次第にそれまで普及していた「懐中時計」からそのシェアを奪っていきました。「腕時計」の黎明期を数々の時計師やメーカーが支え、最盛期に入ると精度を競って激しい技術競争が繰り広げられました。しかし1970年代以降に、安価なクォーツ時計が登場し普及し始めると、高級な「機械式時計(従来の手巻式、自動巻式時計)」はその存在意義を失います。
「機械式時計」はそのままクォーツ時計普及の波に飲まれて過去の産物になるかと思われましたが、「機械式時計」の復活を願う偉人たちの活躍もあり人気を盛り返します。ブランパンというフィルターを通して「機械式時計ができる複雑機能」を世に印象付けたジャン・クロード・ビバー氏や、天才と称されるその時計師としての才能で「機械式時計の面白さ」を提示したフランク・ミュラー氏などが復興期の英雄だと思います。1980年代後半に彼らが熾した「火種」を、スイス時計業界全体が必死になって大きなものにしました。
機械式時計の人気を復活させようとスイス時計業界全体が同じ方向を向いていた時代が1990年代であり、その時代に作られた時計の良さを感じるには、そのような時代背景まで理解していただくと良いのではないでしょうか。
■レベルソについて
ラテン語で「回転する」という意味をもつ「レベルソ」はジャガールクルトが誇る歴史的名作で、1931年に誕生しました。ケースを横にスライドさせると「裏返し」にすることができます。サファイアガラスのない時代でしたので、「ポロ競技の際に風防を守る」ことを目的に作られました。ジャガールクルトの大ヒット作品であり、一時期は製造されない時期もありましたが、現在は生産を再開しており主力モデルとして製造されています。
製造再開後のレベルソは、女性用サイズ、男性用サイズという展開をしていました。しかし、市場需要が大型デザインに向かっていくにつれて、レベルソにも従来の男性用サイズより大きなサイズが用意されます。それが、「ビッグレベルソ」であり、「グランドレベルソ」です。大きいサイズが登場することにより、従来からある男性用のものは「レベルソクラシック」とも呼ばれるようになります。
前述した時代背景もあり、1990年代からジャガールクルトはレベルソに様々な機能を盛り込んでいきます。今までレベルソのケースを反転させた裏面部分は単純な「金属の裏蓋」でしたが、その裏面を有効利用して機能を付加しようと画策します。機能を盛り込むためには従来より「大きなケース」が必要であり、ビッグレベルソケースの登場の背景にはそのような状況もありました。
↑横にスライドすると、裏返しに反転できる
■レベルソメモリーは希少な時計!
前述のように、「ビッグレベルソ」のサイズで様々な機能搭載のレベルソが登場します。しかし、従来の「レベルソクラシック」サイズのケースに機能を搭載した例は僅かしかありません。その数少ない例のひとつが「レベルソメモリー」です。レベルソクラシックは時針・分針だけの2針時計ですので、その他の機能付きレベルソクラシックといえば、スモールセコンド(秒針)が付いた「レベルソラティチュード」やクォーツですが「日付つきレベルソクラシック」ぐらいしか思いつきません。「レベルソデュエット」はサイズ感は同じですが、女性用として作られており、別物と感じます。つまり、純粋な「レベルソクラシック」のケースを使って、裏面まで機能を組み込んだ例は「レベルソメモリー」ぐらいしか思いつきません。そして、「レベルソシャドウ」のように、夜光塗料のある針を持っていることも面白い点です。レベルソメモリーはそのような要素があり、私は希少性の高いモデルだと思います。
■レベルソメモリーの機能とは?
「大きくないケース」に機能を搭載することはスペース的にも困難があります。なぜ90年代後半に登場したレベルソメモリーが「クラシックサイズ」だったかのかは謎ですが、そのように謎めかしいところも興味深いポイントです。
レベルソメモリーに搭載された機能は、「フライバック式の簡易的な分計測機能」です。ケースを反転させた裏面にその機能があります。一般的なクロノグラフは「スタート」「ストップ」で何分何秒が経過したかを計り、「リセット」で針を元に戻します。しかし、レベルソメモリーの機能は「分」に特化したもので60分までしか計れません。裏面の時間を計測している分針は常時動いており、ケース側面のボタンを押したときだけ「ゼロ位置」に帰ります。つまり、時間を計りたいときにケース側面のボタンを押すと、時間計測開始となります。そして、経過時間は目視で確認します。
仕事の休憩時間を計るとか、自宅から駅までの所要時間を計るとか、意外と私たちが使う時間計測は60分以内の時間がわかれば十分な場合が多いと思います。「大きくないケース」に機能を収めるためには、クロノグラフのように多い部品点数になるわけにはいきません。レベルソメモリーは部品点数を多くし過ぎずに、「クラシックケース」に機能を組み込む試みだったとも受け取れます。
結果的に2年間ぐらいで廃番になったと言われているレベルソメモリーですが、「存在の希少性」「試みの面白さ」などの観点から、私はレベルソの歴史上の珍品と位置づけられる銘品だと思います。
※1・・・90年代前後に生産されたものを中心とした廃盤品の中から「銘品」といわれるものをピックアップし、事実と主観を交えながら綴るシリーズブログ
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