2.11.2018
高級時計のシンボル的な存在「トゥールビヨン」とは何なのか?
Komehyo
ブログ担当者:中山
高級時計には「コンプリケーション」と呼ばれ、複雑機構を搭載するモデルがあります。それらは、高級時計の上位モデルとして、多くの時計愛好家に仰ぎ見られる存在です。
そのコンプリケーションにおける、中心的な存在。
それが、「トゥールビヨン」です。
↑トゥールビヨン
※部品がゆっくりと回転している
高級時計に興味のある方であれば、上の画像のような“文字盤の一部がくり抜かれた時計”を見たことがあるのではないでしょうか。この“文字盤の一部がくり抜かれた時計”のうち、その部分にある部品がゆっくりと回転しているものがトゥールビヨンです。
↑オーデマピゲのトゥールビヨン
※「ロイヤルオーク・エクストラシン」
今回、私は「トゥールビヨンとは何なのか?」という点について書かせていただきます。
もちろん、トゥールビヨンは“機能”ですので、単純に機械的な構造と役割を解説すれば良いのかもしれません。しかし私は、もっと深いところの意味が気になったのです。例えば、コンプリケーションは他にも、「永久カレンダー」「リピーター」「スプリットセコンド」など、様々な種類があります。しかし、なぜか他を差し置いて、トゥールビヨンがコンプリケーションにおいて一番の花形なのです。これには、きっと理由があるに違いありません。
今回は、この“謎”にも迫りつつ、トゥールビヨンを私なりに解説したいと思います。
■トゥールビヨンの機能とは?
「トゥールビヨンとは何か?」という疑問の基本的な回答として、トゥールビヨンの機能を解説します。
簡単に言うと、トゥールビヨンとは「重力分散装置」です。
少し説明します。トゥールビヨンを発明したのは、時計業界では最も有名な歴史上の時計師アブラアン・ルイ・ブレゲです。フランス語で「渦」の意味をもつその機構は、1800年ごろに発明されたと言われています。ブレゲは時計の歴史を200年進めたと言われる人物で、トゥールビヨン以外にも様々な機構を発明または発展させた、まさに天才時計師です。
そして、トゥールビヨンを理解するための大きなポイントは、発明された1800年ごろは「懐中時計が主流だった」ことでしょう。懐中時計が使われるシーンをイメージをしてみてください。懐中時計は“紐やチェーンに吊るされる”スタイルが基本としてあり、実際の持ち出し場面ではポケットに入れて持ち歩かれます。そのため懐中時計は、文字盤を地面に対して垂直にする“タテ姿勢”であることが多いのです。
この“タテ姿勢”が問題なのです。なぜなら、この時代の懐中時計はもちろん機械式時計であり、渦巻き状のヒゲゼンマイ(ゼンマイバネ)を規則正しく伸縮させることにより正確性を保つ時計だからです。このヒゲゼンマイを“タテ姿勢”にすると、重量の影響を大きく受け、規則正しい伸縮が乱されてしまいます。つまり、懐中時計は“タテ姿勢”にあることが多いにも関わらず、“タテ姿勢”で大きく精度が悪くなるという弱点があるのです。
そこでブレゲは、精度向上のために、ヒゲゼンマイにかかる重力の影響を分散させようと考えました。皆さんもご存知だと思いますが、重力は上から下に向かって(地球の中心に向かって)かかる力です。そして、ヒゲゼンマイは重心にも注意を払い規則正しく伸縮するように調整されていますが、“タテ姿勢”で保持すると、重力によりその重心を下方向に持っていかれてしまいます。そのため、“タテ姿勢”では精度が悪化しやすいのです。この状況を解決するには、「常にヒゲゼンマイの姿勢を変えて、重力の影響を均等に分散させる」方法を取れば良いのです。
この“タテ姿勢”での精度向上を狙った発明が、トゥールビヨンです。
簡単に仕組みを言うと、
「ヒゲゼンマイを、ゲージ(籠)に入れて、常に回す」
のです。
少し専門的に言うと、秒針の歯車に相当する4番車(1分=1周)に“キャリッジ”というゲージを設け、そのキャリッジ内に、ヒゲゼンマイが収まる“テンプ”を入れ込みます。テンプは均等な振り子運動を行いながら、同時に、キャリッジによって常に回っているのです。キャリッジはもっとゆっくり回るタイプもありますが、現在の標準は1分で1周回るタイプです。
このように、トゥールビヨンは、かなり大掛かりで派手な動きのある装置です。そのダイナミックな動きを、文字盤をくり抜いて見せるメーカーが多いため、見て楽しい機能でもあります。
■トゥールビヨンが存在感を放つ理由とは?
ここからが今回の本題です。冒頭で、「なぜトゥールビヨンがたくさんあるコンプリケーションの花形なのか?」と疑問を投げかけました。その答えは、“腕時計トゥールビヨン”の登場経緯を理解すると見えてきます。では、トゥールビヨンが存在感を放つ理由に迫りましょう。
↑トゥールビヨンはなぜ花形?
※IWC「IW544705」
まず前提として、一般的な現代のトゥールビヨンは、機能としての必要性はあまりないのかも知れません。なぜなら、懐中時計から腕時計に時代が変わったため、“タテ姿勢”だけを気にする時代ではないからです。腕時計は、様々な姿勢になりますので、“タテ姿勢”の精度向上を狙うトゥールビヨンはあまり意味がないからです。
また私の体験談としても、一般的なトゥールビヨンを何度か歩度測定器で測ったことがありますが、その結果は好ましいと言えるものではありませんでした。やはり、大掛かりな装置であるキャリッジは重さがあり、振り角が低い物がほとんどでした。キャリッジを回転させるために、かなりのトルクロスがあるのを感じました。
ただし現在は、軽いキャリッジのトゥールビヨンや多軸トゥールビヨンなどがあり、トゥールビヨンの性能は向上しています。しかし、その向上より以前から、“コンプリケーションの花形”としてトゥールビヨンが君臨していた事実からも、トゥールビヨンには“実用機能とは別の価値”があることが明らかです。
では、その“実用機能とは別の価値”とは何でしょうか?
それは、「機械式時計復興のシンボル」としての価値です。
↑機械式時計復活のシンボルとして
※ヴァシュロンコンスタンタン/30050
トゥールビヨンは天才時計師ブレゲの難易度の高い発明品であり、「腕時計でトゥールビヨンを再現する」ことがチャレンジであることが重要なのです。
これも説明しましょう。時計業界では、1969年のクォーツ時計の登場以降、機械式時計が衰退していきます。そのため、1970年代から1980年代ごろは、機械式時計の担い手であるスイスの時計産業は、冬の時代を迎えます。これは、「クォーツショック」と呼ばれます。この冬の時代を終わらせるために、スイスの時計メーカーは、機械式時計の魅力をアピールすることが必要だったのです。そのアピールの絶好の武器が、「腕時計でトゥールビヨンを再現する」ことだったのです。
実際に、1980年代後半から、「機械式ブーム」の芽が出ており、腕時計にトゥールビヨンを搭載したモデルが発表されると、注目の的となりました。事実としても、クォーツショックからの復活に一役買ったと感じます。もちろん前提として、トゥールビヨンが「見た目としてのインパクトを持っていた」ことが大きいと思います。時計の心臓部であるテンプを回転させる大胆な機構であり、それを、文字盤から見せるのですから。まさにトゥールビヨンは、“文字盤を舞台にしたショー”なのです。
そして、「トゥールビヨン」は機械式時計のコンプリケーションの代名詞となり、「作れることがステータス」という状況になりました。現在のフィギュアスケートで例えると、“5回転ジャンパー”が登場し始めるような感じでしょうか。今でこそ時計加工技術の進歩により、トゥールビヨンを作る難易度が下がりましたが、かつては「できることが凄い」という感覚だったのです。当時も、フランク・ミュラー氏、ダニエル・ロート氏、アントワーヌ・プレジウソ氏などが、トゥールビヨンを作れる時計師として名を馳せました。そのようなロマンで盛り上がり、スイス時計業界の復興に一役かったのです。
つまり、トゥールビヨンは、機械式時計復興期に「シンボルとして祭り上げられた」からこそ、コンプリケーションの代表格になっているのです。
■最後に
前述の通り、トゥールビヨンという機能自体は、それほど必要が無い機能かもしれません。しかし、私たち時計好きには、“複雑機構の代表格”として認知されています。その認知自体が重要なのです。
例えるなら、エルヴィス・プレスリーが登場してロックンロールの世界が華やかになったように、トゥールビヨンも機械式時計の世界の“華”となったのです。やはり私は、スイス時計業界の復興には、“華”の存在が必要だったと感じます。どの世界も、スターが世間を盛り上げるのですから。
そして、機械式時計の「精密さ」や「機構の面白さ」は、私たち時計好きの心を掴みます。その「精密さ」や「機構な面白さ」への飽くなき探究は、機械式時計の大きな魅力です。
まさにトゥールビヨンは、「精密さ」を目指し、「機構の面白さ」も実現した機構です。多くの時計好きが話題にするのも、頷けるのです!
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