22.4.2016
【パテックフィリップ】ノーチラスにはなぜ「耳」があるのか? ~3700と5711は「耳」の意味合いが違う!~
Komehyo
ブログ担当者:萩原
時計好きなら誰もが一度は憧れると言っても過言ではない時計メーカー「パテックフィリップ」。
この名門メーカーはかつてより品格のある紳士・淑女に向けた時計を作っていました。その顧客名簿にヴィクトリア女王、ヴィルヘルム1世など数々の高貴な人物が登場することがその証明です。そのような顧客ターゲットをもつパテックフィリップの時計は、社交界にも遜色なくコーディネートできるような品格のあるデザインです。
しかし、1976年に登場したモデル「ノーチラス」はそれまでのパテックフィリップのどのモデルとも異なった存在でした。なぜなら、ケースデザインは潜水艦「ノーチラス号」の舷窓をモチーフとしたスポーティなもので、さらに従来のパテックフィリップのどのモデルより大型サイズでした。
そして、ノーチラスのデザイン要素で最も特徴的なポイントは「耳」です。つまり、ケースの左右に飛び出した突起がノーチラス最大の個性です。では、通常の時計にはないこの「耳」のようなデザインはなぜ生まれたのでしょうか?もちろん個性的なデザインを求めたことが理由のひとつにはありますが、実はそれ以外にも構造的な理由があるのです。
今週は、ノーチラスに「耳」がある理由に迫ります。
↑ノーチラスにはなぜ「耳」があるのか?
※画像は型式3800
■「薄さ」と「防水性」の両立を目指したノーチラス
ノーチラスのデザインを担当したと言われるのが、「時計界のピカソ」の異名をもつジェラルド・ジェンタ氏です。彼はノーチラスより4年先行して登場したオーデマピゲの「ロイヤルオーク」もデザインを手がけています。この時系列が理解できれば見えてくるポイントがあります。
そう、ロイヤルオークはジェンタ氏の出世作であり、その4年後に登場したノーチラスは前作を超えていなければならないはずなのです。
そして、実際にある要素でノーチラスはロイヤルオークを超えました。それは「防水性」です。1972年のロイヤルオークが50m防水だったのに対し、ノーチラスは120m防水というスペックを備えました。良し悪しはともかく、そのために当時の「世界最高額のステンレス時計」という名誉を得えてしまいましたが…。
↑1972年のロイヤルオーク(型式:5402)
1976年のノーチラス(型式:3700)
では、既にロレックスのシードゥエラーやオメガのシーマスタープロプロフが600mの防水をクリアできている時代に、「50mから120m防水に」という達成は何の話なのでしょうか?
実は、「薄さを実現しながら防水性を確保する」という困難に挑んでいる話なのです。
つまり、ロイヤルオークとノーチラスは「スポーツモデルは厚みがある」という常識を超えるために苦心しながら作られた時計なのです。両モデルは、スポーティでありながらドレスウォッチのような薄さを併せ持つ「ラグジュアリースポーツウォッチ」の先駆けとしても知られています。特に120mの防水性をもつノーチラスは、「生活防水」の範疇を超えた現実的な防水性をもつ金字塔モデルです。
■ノーチラスに「耳」がある理由は防水構造にある!
ここからは本題のノーチラスの「耳」について述べます。結論から述べると、ノーチラスに「耳」がある理由は防水構造にあります。このことを理解していただくために、時計のケース構造について解説いたします。
通常、高い防水性を与えるためにとる一般的なケース構造は、ねじ込み式のスクリューバック構造をとる「3ピース構造」です。しかし、この構造を採用すると、ケースの厚みが増してしまうという問題がありました。そこで、担当者であるジェンタ氏がロイヤルオークを薄型に設計するためにとった方法が「2ピース構造」です。下で3ピース構造と2ピース構造の違いをまとめてみます。
<3ピース構造と2ピース構造の違い>
①「3ピース構造」
ベゼル + ケース本体 + 裏蓋
②「2ピース構造」
ベゼル + ケース本体(裏蓋と一体型)
時計が高い防水性を保つには、「隙間から水を侵入させないこと」が重要です。3ピース構造の場合は「ベゼルとケースの間」と「ケースと裏蓋の間」に構造上の隙間ができます。2ピース構造であれば、隙間が前者だけとなります。どちらの構造もそれぞれの隙間にパッキンをかませて水の侵入を防いでいますが、単純に考えても、隙間が少ない方が防水性が確保しやすいと言えます。さらに、前述したように2ピース構造にしたほうがケースの厚みを押さえられます。
しかし、時計には定期的な内部メンテナンスが必要ですので、頻繁にケースを開けなければなりません。防水のための機密性だけを考慮してケースを開け難い構造にすると、メンテナンス性が落ちてしまいます。現に、風防を外さないとメンテナンスができない不親切な構造の時計も存在します。その点でロイヤルオークはバランスが良く、薄さを実現できる2ピース構造でありながら、ネジを外すだけでケースを開けることができるメンテナンス性の良さを持っていました。この構造により、ロイヤルオークは50mの防水性能を実現したのです。
↑ロイヤルオークはベゼルのビスで固定される
ジェンタ氏はこのロイヤルオークの構造を、ノーチラスでさらに進化させました。ベゼルとケース(裏蓋と一体化)という2ピース構造にし、その両方に「耳」を設け、その「耳」を噛み合わせてビスで固定するという構造を採用しました。ケースの前後から複数のビスで挟み込むロイヤルオークとは異なり、ノーチラスは噛み合わせた「耳」の12時から6時方向を串刺しするような形でビス留めしました。この留め方により、さらに高い防水性が期待できます。これがノーチラスが「耳」を持った理由です。これによってノーチラスは厚さ7.5mmという薄さにも関わらず120mという防水性能を獲得しました。
↑「耳」を噛み合わせて固定するノーチラス
■最近は「耳」の意味が変化している!
ノーチラスは1976年に発表されて以降マイナーチェンジを繰り返し、発表から30年を迎えた2006年に現行モデルの5711/1Aが発売されます。前述の通り、ノーチラスは「耳」で留める2ピース構造が採用されましたが、現在は2ピース構造から3ピース構造に変更しました。裏蓋もシースルーバックとなりました。現行のノーチラスにおける「耳」は機能面での必要性というよりも、「シンボリックなデザイン」としての意味合いが強いのではないかと思います。
↑ノーチラス現行モデル(5711/1A)
■最後に
いかがでしょうか?ノーチラスは一見すると、「耳」を持つ変わった形の時計に見えます。しかし、ノーチラスの形状にも実はちゃんとした理由があるのです。そして、今回紹介した以外にも様々なノーチラスがあり、様々なバリエーションが存在します。モデルや年代によってケース形状に細かな違いがありますので、そういった意味でもノーチラスは非常に奥深いモデルだと思います。
もしノーチラスを手に取る機会があれば、そのデザインのディテールを是非味わってみて下さい。細かな点まで考え抜かれた「計算された美しさ」が理解できるかもしれません!
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