高級腕時計の時計通信

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17.6.2016

パテックフィリップ カラトラバ3919 ~「クンロク」だけじゃない!もうひとつのカラトラバ~

Komehyo

ブログ担当者:須川

 

機械式時計の人気が凋落した1970年代。その時代は新しい発明品であるクォーツ式腕時計が世間を賑わせていました。しかし、人の心は面白いもので、大量かつ安価に生産されるクォーツ式腕時計が普及すると、逆に職人が手作業を加えながら少量生産する機械式時計に再びスポットが当たり始めます。それが1980年代です。そして、その後に続く1990年代は時計業界にとって非常におもしろい年代になりました。息を吹き返す機械式時計市場に対して、多くの時計メーカーが「シンプルに機械式時計の素晴しさ」を伝える時計作りをすると同時に、「アイコンモデルの創作」に励んだのです。1990年代に作られた作品(またはその後継モデル)に、現在の時計業界の代表モデルになっているものが数多くあるのはそのためです。

 

1990年代のような機械式時計が息を吹き返した面白い時代の作品、かつ、生産終了になり現在は新品で手に入らない作品のことを弊社では「ネクストヴィンテージ」と呼んでおります。1990年代の作品が中心ですが、コンセプトが合うものは1980年代の作品や2000年代前半の作品にも発見できます。私どものブログでも、シリーズブログ「ネクストヴィンテージ」としてこの年代の銘品を紹介しております。

 

今週は、この「ネクストヴィンテージ」シリーズとして、1986年~2006年という長い期間生産をされたパテックフィリップの銘品「カラトラバ3919」を紹介させていただきます。

 

↑カラトラバ3919を紹介

 

 

 

 

 

◆パテックフィリップと言えばカラトラバ!

カラトラバ3919をより理解していただくために、まずは「カラトラバ」のことから述べさせていただきます。

 

突然ですが、皆さんが思い浮かべるパテックフィリップの代表作とえばどの作品でしょうか?「永久カレンダー」や「ミニッツリピーター」などのグランドコンプリケーションを思い浮かべる方もいれば、「ノーチラス」や「アクアノート」などのスポーツラグジュアリーを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。私はパテックフィリップといえば「カラトラバ」を代表モデルとして評価しています。なぜなら、20世紀に入り懐中時計に取って代わり「腕時計」が普及する黎明期に、カラトラバが腕時計デザインのスタンダードを作り上げたからです。この点を、下で少し補足させていただきます。

 

腕時計には「ラグ」と呼ばれる部分があります。いわゆる「4つ脚」※1のことで、通常は本体ケースの12時側と6時側に各2本ずつの計4本あります。腕時計の場合、ラグを経由して本体ケースとバンド(革ベルトなど)を繋げることが多いのです。さて、ここからが言いたいことなのですが、腕時計が登場したばかりのデザインは乱暴に表現すると「懐中時計にバンドをつけたもの」でした。つまり、小ぶりな懐中時計用ムーブメントをメタルケースで包み、そのケースにラグを溶接しバンドをつけたものです。「ラグ」という懐中時計の時代には必要のなかったものが突然現れたのです。そのため、おそらくこの腕時計が登場したばかりのころ、ラグに求められた役目は純粋に「バンドを接合する」という機能のみだったと思います

 

ラグ(左:パテックフィリップ3796、右:パネライのラジオミール)
※右のワイヤーラグは注釈1をご参照ください

 

しかし、少しずつ腕時計も全体のデザインを考慮するようになり、ラグに求められることも変化していきます。つまり、ラグは「バンドを接合する」という純粋な機能としてだけではなく、「デザインの重要な要素」と見なされるようになります。そのような状況の中、腕時計デザインの金字塔として1932年に登場したのがパテックフィリップの型式「96」、通称「クンロク」です。

 

↑カラトラバ「96」

 

96は本体ケースから流れるように繋がる長いラグを持っています。もう単純な「バンドを接合する」だけの部品ではありえません。しっかりとデザイン性があり、美しささえも感じるラグです。

 

さらに、針の形、針の長さ、インデックスの大きさと長さ、スモールセコンドの位置、リューズのサイズなどが理想的な機能美をもっています。つまり96デザインは、この時代に存在感のあったバウハウスの影響があるとも言われていますが、人が見て「美しい!」と感じてしまう外観をもっています。この96はパテックフィリップの代表作に留まらず、腕時計デザインのスタンダードを決定づけた金字塔とされています。96はカラトラバとも呼ばれますので、96デザインは世間から「カラトラバスタイル」と言われるデザインにまで昇華したのです。

 

 

 

 

 

◆3919は「カラトラバ第二のモデル」にまで上り詰めた!

ここまでで述べたように、パテックフィリップの代表作は96です。そのため、かつては「カラトラバ」と言えば、96の影響を受けたカラトラバスタイルのモデルを指しました。しかし、その「カラトラバ」のもつイメージに待ったをかけたモデルが1986年に登場します。そう、カラトラバ3919です。

 

↑カラトラバ3919

 

3919はベゼルにクル・ド・パリ(見方によってはパヴェ・ド・パリ)と呼ばれるパターン彫りがなされます。クラシック・ホブネイル・パターンとも呼ばれるこのベゼルは、ケースデザインに味をあたえてくれます。さらにラグは直線ラグを採用しています。つまり、従来のカラトラバスタイルと呼ばれるデザインとは大きく異なったカラトラバです。実はこのデザインは1966年ごろ登場した3520の派生モデルである3520Dでも採用されています。さらに、同時代にも同じようなデザインのモデルは他にも存在します。しかし重要な点は、3919がこのデザインを有名にしたという点です。つまり、「カラトラバに96デザイン以外のデザインが存在する」という印象を世間に与えた点が3919の大きな功績です。

 

実は、3919が有名になったことには大きな要因があります。それは、パテックフィリップが3919を長らく広告採用モデルに選んでいたからです。つまり、パテックフィリップは世間にPRをする際に、3919を「顔」として選んでいたのです。当然、たくさんの人の目に触れる機会が多くなると、3919は有名になっていきます。そして、約20年間製造を続けたこともあり、3919は「カラトラバ第二のモデル」にまで上り詰めた印象があります。もちろん、カラトラバの代表作はクンロクである事実は変わっていません。3919と同時代に「3796」という96の正統後継モデルがあったため、3796の次に有名なモデルが3919という状況でした※2。しかし、「カラトラバ=96スタイル」というイメージを払拭できただけでも、3919の功績は大きいのです。それは現在のカラトラバのラインナップに、「5119」や「5120」など3919系統のデザインコードが当たり前のように存在し、カラトラバが多様性のあるラインナップになっている事実でもうかがい知ることができます。

 

 

 

皆さんも、クル・ド・パリのベゼルに直線ラグのカラトラバに出会った際には、是非、3919の貢献を思い出して下さい。3919が偉大なモデルであったことを感じることができるはずです!

 

 

 

※1・・・現在主流なラグは「4つ脚」のものですが、最初期に多いものは「ワイヤーラグ」と言われるコの字型のラグでした。現在でもデザインの一環としてワイヤーラグを採用するメーカーもあります(パネライのラジオミールなど)。

 

※2・・・カラトラバ3796については、過去のブログ「パテックフィリップ3796」をご参照ください。

 

 

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