11.10.2019
【腕時計の基本知識】最近よく聞く「シリコン製ヒゲゼンマイ」とは何なのか?
Komehyo
ブログ担当者:光岡
■【腕時計の基本知識】最近よく聞く「シリコン製ヒゲゼンマイ」とは何なのか?
「シリコン製ヒゲゼンマイ」
これは、今、時計業界で話題になっているものです。高級時計に明るい方であれば、この言葉はよく目にするはずです。
ただし、おそらく一般的の方は、このシリコン製ヒゲゼンマイという用語を聞いて、
「シリコン製ヒゲゼンマイって何?」
「何かメリットがあるの?」
と、疑問が沸き起こるでしょう。
今週は、これらの疑問を解消すべく、シリコン製ヒゲゼンマイを解説します。
■そもそも「ヒゲゼンマイ」とは何?
「シリコン製ヒゲゼンマイ」を理解する前に、「そもそもヒゲゼンマイって何?」という方も多いでしょう。まずは、ヒゲゼンマイについて簡単に触れておきます。
この「ヒゲゼンマイ」を理解するには、以前投稿した「時計とは何か」について書いた記事をご覧いただくことが近道になります。是非、そちらもチェックしてみてください。
↓↓↓
「「時計とは何か」をスマートに説明できますか? ~クォーツ、テンプ、ヒゲゼンマイの意味を知る~」
この投稿でも説明しましたが、ヒゲゼンマイは、機械式時計の内部機械に使われている「テンプ」という装置を動かす部品です。下の画像を見るとわかりやすいと思いますが、渦巻き状の形をしています。
テンプは簡単に言うと“振り子の代わりの装置”であり、「左右均等に振ること」ことで、“正確な時の刻み”を生み出します。具体的に言うと、テンプの内側に設置されるヒゲゼンマイは、収縮と拡張運動をすることによって、テンプを左右均等に動かしています。
つまり、“テンプの左右均等な動き”を生み出す源がヒゲゼンマイなのです。
テンプについて別の表現で説明すると、「テンプの動きが乱れると、時計の精度が悪化する」とも言えます。そのため、テンプを動かしている“ヒゲゼンマイの性能”が重要になるのです。
例えば、“温度・磁気・衝撃の影響を受けにくいヒゲゼンマイ”と、“温度・磁気・衝撃の影響を受けやすいヒゲゼンマイ”があるとすると、前者の方が性能の良いヒゲゼンマイという評価になるのです。
もう少しヒゲゼンマイの知識を深めましょう。実は、ヒゲゼンマイは製造や調整などが非常に困難で、製造メーカーが限られています。スイス製腕時計であれば、ニヴァロックス・ファー社というスウォッチグループ傘下の企業が、ずっとシェアを握っている状況です。スイス時計業界において、ニヴァロックス・ファー社のヒゲゼンマイ供給率は90%以上とも言われています。
その社名に「ニヴァロックス(Nivarox)」という言葉が入りますが、実はこれは、ヒゲゼンマイの素材の名称でもあります。かつて、このニヴァロックスが発明されたことにより、それまでのヒゲゼンマイの問題である「温度変化による精度悪化」が一気に解決しました。
また、近年のトピックとしては、ニヴァロックス・ファー社の「ヒゲゼンマイの供給問題」があります。
ニヴァロックス・ファー社はスウォッチグループに所属していますが、ライバルグループなどに段階的に供給を止めると公言したのです。この事実は、多くのスイス時計業界関係者に激震をもたらしました。なぜなら、ニヴァロックス・ファー社に頼らず、自社でヒゲゼンマイを生産できる企業が極わずかだからです。
この問題は、スウォッチグループと多くの時計メーカーに対立をもたらした結果となりました。やはり、1社での独占状態がある業界構造は、常に混乱の危険をはらんでいます。
■シリコン製ヒゲゼンマイを使うメリットは?
ヒゲゼンマイについて理解を深めたところで、次は、本題の「シリコン製ヒゲゼンマイ」の話です。
皆さん、「磁気帯びするから、時計を電化製品などに近づけてはいけない」というようなことを聞いたことはないでしょうか?実際に、機械式時計が磁気を帯びてしまうと、精度が悪化します。
この内容からもわかるように、
「時計の弱点のひとつは、磁気」
なのです。
実は、時計の部品の中でも、この“磁気帯び”が最も問題になる部品がヒゲゼンマイです。
少し説明します。前述の通り、ニヴァロックスを素材とするヒゲゼンマイは、渦巻き状の金属が収縮と拡張を繰り返している部品です。このヒゲゼンマイは、ステンレス合金の一種ですので、磁気を帯びることがあります。もし、この部品が磁気を持つと、その収縮・拡張運動が不安定になります。すると、もちろんテンプの規則正しい動きも不安定になり、時計の精度が悪化します。これが、“磁気帯び”の問題です。
この問題を解決すべく登場したのが「シリコン製ヒゲゼンマイ」です。その名の通り、シリコン素材で作られたヒゲゼンマイのことです。
上の画像は、オメガの自社ムーブメントのテンプ部分ですが、「Si 14」という記載があります。実は、シリコンは「ケイ素」のことなのですが、元素記号は「Si」、元素番号は「14」です。つまり、この表示は「シリコン部品が使われている」ことを表示しています。
そして、シリコンで作られる部品のメリットは、次の点にあります。
①磁場の影響をほぼ受けない
②一般の金属より軽量
③変形しずらい
この3つの効果があるシリコンは、時計に使われるヒゲゼンマイにとって理想の素材でした。先に説明したように、ヒゲゼンマイは、温度、磁気、衝撃などで不安定になると、時計の精度が悪化します。温度変化はニヴァロックス素材のおかげで解決していましたが、磁気の影響は問題でした。シリコン製のヒゲゼンマイは、「磁気の影響に強い」というメリットをもっています。さらに、「変形へ強い」ことにより耐久性も期待できます。
また、高速で動く部品が故に、部品を軽量化するとトルクのロスが減るメリットもあります。シリコン素材を利用すると、パワーリザーブの向上が見込めるでしょう。まさにシリコンは、ヒゲゼンマイにとって理想なのです。
しかし、このメリットが多いシリコン製ヒゲゼンマイにも、欠点もあります。
欠点のひとつは、「壊れやすさ」です。ピンセットなどで組み立てするとき、つかみどころが悪いとすぐに破損してしまうといわれています。そのため、製造の面でも相当技術力が必要と聞きます。
さらに別の欠点は、「湿気への弱さ」です。ただし、基本的に腕時計は内部に湿気が入らない構造にするため、通常は「湿気への弱さ」は影響がないように見えます。しかし、腕時計の防水性は時間とともに落ちていきます。そのため長期的に見ると、時計内部に湿気が入ることも想定できるので、やはり「湿気への弱さ」はシリコン製ヒゲゼンマイの欠点になります。現に、湿気の影響でシリコン部品がいきなり壊れた報告もあるようです。
このように欠点もあるシリコン製ヒゲゼンマイですが、開発メーカーも弱点の克服に研究を進めているようです。今では、開発初期のころより性能が向上しているようです。
■最後に
いかがでしたでしょうか。シリコン製ヒゲゼンマイについて理解が深まったでしょうか。私の個人的な予想では、今後さらにシリコン製ヒゲゼンマイが普及していくと思っています。
しかし実際のところ、シリコン製ヒゲゼンマイに積極的に舵を切るかどうかは、メーカーの考え次第でしょう。
例えば、王者パテックフィリップは、シリコン製ゼンマイに舵を切りました。その一例が、シリコンの素材をベースしたシリンバーを用いた「スピロマックス」ヒゲゼンマイです。
↑シリコンを使うパテックフィリップ
※5650G-001
逆に、日本のセイコーは、シリコンではない方向性でヒゲゼンマイにアプローチしています。具体的には、磁気帯びしにくく、さらに壊れにくいコエリンバー系の合金「SPRON610」を採用しています(GSなどの高級ムーブメントのみ)。
このように、ヒゲゼンマイを気にかけると色々なこだわりが見えてきます。おそらく、機械式時計を使っている人でさえ、ヒゲゼンマイの素材など普段気にすることはないと思いますが、メーカーのヒゲゼンマイへのこだわりを調べてみるのも興味深いかもしれません!
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