高級腕時計の時計通信

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9.3.2018

【腕時計の名作を知る!】ジャガールクルト「マスターブラック メモボックス」 ~型破りな“裏スケ”アラームウォッチ~

Komehyo

ブログ担当者:須川

 

当ブログでは、1980年代後半~1990年代ごろの名作を振り返る、「ネクストヴィンテージ」というシリーズ企画があります(こちら)。この頃と言えば、機械式時計の人気が盛り返す時代であり、とても面白い作品がたくさん生まれました。そんな時代の作品にスポットを当てます。

 

今回は、ジャガールクルト(Jaeger-LeCoultre)の名作「メモボックス」についてです。同社の作品において“メモボックス”と言われるモデルは、アラーム機能が付いた腕時計として、あまりにも有名です。その中でも今回は、1990年代に登場した「マスターメモボックス」の、“面白いバリエーション”を紹介しましょう。

 

↑マスターメモボックス

 

上の画像が1990年代のマスターメモボックスです。そして、私が紹介したい面白いバリエーションが、下の画像のマスターメモボックスの“黒文字盤”タイプ、通称「マスターブラック メモボックス」です。

 

↑マスターブラック メモボックス

(型式:144.840.947B)

 

 

なぜこのモデルが面白いのかと言うと、「アラームウォッチの常識を覆す仕様をもっている」からです。

 

その常識を覆す仕様とは、アラームウォッチのシースルーバック化”です。これは、このブラック文字盤のバリエーションだけがもつ特徴です。

 

 

シースルーバックとは透明なガラスをもつ裏蓋のことで、俗っぽく「裏スケ(ルトン)」と呼ばれることもあります。シースルーバックをもつ作品は、その裏側から内部のムーブメントを鑑賞することができるので、時計好きには嬉しい仕様です。

 

しかし皆さんはきっと、「なぜシースルーバックにすることが常識を覆すことなのか?」と疑問に思われるかもしれません。そこで今回は、この疑問についての説明も交えながら、マスターブラック メモボックスの面白さを紹介します。

 

 

 

 

 

 

■アラームウォッチって?

 

まず最初に押さえておかないといけない点があります。それは、「アラームウォッチって何?」という点です。メモボックスの誕生についても触れながら、少しアラームウォッチの説明をさせていただきます。

 

時計において、“アラーム機能”とは「指定した任意の時刻になると、音を奏でて教える」機能を指します。1928年にエテルナ社が開発したとされています。“腕時計”への初採用は、1947年のバルカン「クリケット」においてです。このことについては、過去の投稿でも触れていますので、是非ご参照ください(こちら)。

 

このクリケットには遅れをとっていますが、ジャガールクルトは1949年ごろからアラーム機能つきムーブメントの開発を始め、1951年ごろには商品化に漕ぎ着けます。それが、初代の“手巻き式”メモボックスです。登場した年からは、ロレックスのサブマリーナやエクスプローラー(ともに1953年)よりも古株ということが分かります。それくらい誕生が古いモデルが、現在も同社のラインナップにあることは凄いことです。まさに、“名作”と表現しても自然に感じるモデルです。

 

↑手巻き式のメモボックス

 

そしてメモボックスの偉業は、1956年に自動巻化に成功したことです。つまり、この“自動巻式”メモボックスが、世界初の自動巻アラームウォッチになったのです。“手巻き式”アラームウォッチではバルカンの後塵を拝しましたが、“自動巻式”アラームウォッチではジャガールクルトが先んじました。その後、ハーフローターから全回転式ローターに変更したり、振動数を向上させたりと、メモボックスは様々な改良を行いますが、最終的には生産を終了することになります。

 

しかし時は過ぎ、1990年代になってメモボックスは“マスターシリーズ”から復活します。それが、1996年登場の「マスターメモボックス(手巻き式)」です。ただし、アラームウォッチという点では、1989年の「ル グラン レヴェイユ(永久カレンダー)」、1994年の「マスターレヴェイユ(自動巻式)」が先んじて登場しています。その後、2002年の「マスターコンプレッサー メモボックス」、2008年の「ポラリス メモボックス」、2010年の新生「マスターメモボックス(自動巻式)」と、次々とファミリーを増やします。

 

↑ル グラン レヴェイユ

↑マスターレヴェイユ

 

 

 

 

 

 

■なぜシースルーバックにすることが常識外なのか?

 

では、「アラームウォッチをシースルーバックにすることが、なぜ常識を覆すことなのか」という点です。それを理解するには、“アラームウォッチの仕組み”を知る必要があります。

 

 

 

<アラームウォッチの仕組み>

 

①動力ゼンマイ(香箱)が2つある(“時計動作用ゼンマイ”と“アラーム動作用ゼンマイ”

 

②アラーム動作用ゼンマイを巻き上げ、設定した時刻になると、ハンマーが作動

 

③作動したハンマーが、裏蓋の内側に設けられた部品(“棒鈴”または“ゴング”)を叩く

 

↑裏蓋にある“の”の字型の板がゴング

 

 

ポイントは、「裏蓋の内側に設けられた部品を叩く」という点なのです。1947年のバルカンのクリケット以来、一般的にハンマーが叩くものは、裏蓋の内側に設けられた突起(棒鈴)でした。しかし、音を出している正体は、その“突起”というよりも、“突起と一体化した裏蓋”という方が正確かもしれません。ざっくり表現するのら、「ハンマーが金属性の裏蓋を叩いている」ということです。つまり、金属裏蓋を“鐘”のように機能させ、その反響で音が鳴っています。これが“アラームウォッチの常識”です。

 

※自動巻式の場合は、ムーブメントの裏蓋側にローターがありますので難易度があがりますが、ローターやローター軸にある穴から裏蓋の突起を通して対応しています。

 

↑通常は金属の裏蓋

 

この仕組みが分かると、アラームウォッチにおいて「裏蓋をシースルーバックにすること」は“常識外”であることが理解できるはずです。なぜなら、シースルーバックは裏蓋が“金属”ではなく“ガラス”になるからです。例えば、もしお寺の鐘や格闘技のゴングがガラス製になったら、きっといつもの響く音は出ないでしょう。やはり、“鐘”は金属であるべきなのです。

 

しかしムーブメント製造に長けたジャガールクルトは、アラームウォッチを技術的に進化させたことにより、シースルーバック化が可能になりました。その進化とは、“独立ゴングの採用”です。そのゴングは、柱時計のボンボン時計に見られた“渦巻きゴング”を簡素化したようなタイプです。具体的に表現するなら、「渦巻き」よりも「“の”の字」に違い形です。

 

これは、1989年のル グラン レヴェイユからの試みです。この独立ゴングの採用で、アラーム音は、きれいで大きな音色になりました。さらに、独立ゴングの採用は、裏蓋の機能を変化させました。

 

 

つまり、

 

旧:「裏蓋 = “裏蓋”であり“鐘”」の役割

    ↓

新:「裏蓋 = “裏蓋”」、「ゴング = “鐘”」の役割

 

という風に、裏蓋から“鐘”の役割が外されます。

 

 

これにより、裏蓋が必ずしも金属である必要がなくなり、ガラスを使用するシースルーバックが可能になったのです。ただし、1989年のル グラン レヴェイユ、1994年のマスターレヴェイユ、1996年のマスターメモボックスの登場時は、まだ金属裏蓋でした。しかし、ジャガールクルトが、「黒文字盤 + シースルーバック」というコンセプトをもつ「マスターブラック」を展開させると、メモボックスにもシースルーバック化が必要になります。この状況で、独立ゴングを採用するジャガールクルトの新たなアラームウォッチは、そのシースルーバック化に対応できたのです。それが「マスターブラック メモボックス」です。

 

↑マスターブラック メモボックス

 

 

 

 

 

 

■最後に

 

ここまでで紹介したように、マスターブラック メモボックスは、アラームウォッチをシースルーバック化した画期的な作品です。従来のアラームウォッチの常識に照らし合わせると、“型破りなアラームウォッチ”のように感じます。

 

 

そして、“裏蓋のガラス”に“金属製の独立ゴング”を取り付けてある様子は、実に新鮮です。

 

なぜなら、私もたくさんのシースルーバックの作品を見てきましたが、“バックビュー”がこのような見た目になる作品は、他に例がないからです。

 

マスターブラック メモボックス、本当に面白い作品です!

 

 

 

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