29.10.2017
高級時計のスペック表示に登場する「28800振動」とはどういう意味?(後編) ~「振動」は速い方が良い?遅い方が良い?~
Komehyo
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ブログ担当者:須川
前回は前編の
「高級時計のスペック表示に登場する“28800振動”とはどういう意味?(前編) ~“振動数”を理解する~」
を投稿しました。
前編の投稿の最後で、
「28800振動」 = 現在の標準
「21600振動」 = ゆっくりめ(遅め)なタイプ
「36000振動」 = 速めなタイプ
ということを紹介しています。
今回は後編として、「“振動”は、速い方が良いの?遅い方が良いの?」という疑問に向き合いたいと思います。
↑“振動”は速い方が良い?遅い方が良い?
私の考えとしては以下です。
○普段から活動的にに動く方
→携帯精度が必要になるため、振動が「速い」方が良い
(28800振動以上のハイビートにメリットがある)
○デスクワーク中心などあまり動かない方
→携帯精度が重要ではないので、振動数にこだわる必要はない
ただしこれは、「時計の精度にこだわるなら」という条件における“傾向”というだけです。もし皆さんが、“時計の精度”よりも、“デザインの魅力”や“ムーブメントの魅力”の方が大切なら、振動数にこだわる必要はないでしょう。
上の振動数についての私の意見は、説明がないと理解できない部分もあると思います。下で、振動数によってのメリットとデメリットを紹介しながら、補足させていただきます。
■振動が「速い」メリットは、“携帯精度”を良くすること
まずは、振動が“速いこと”のメリットについてです。この話を理解していただくためには、時計の“精度”に対する知識が必要になりますので、少し説明させていただきます。
まずは、上で登場した“携帯精度”という用語についてです。ここで使う“携帯精度”は、「普段の生活の中で腕時計を使うときの時間の正確さ」という意味です。私が“携帯精度”という表現を使うことには意味があります。実は、腕時計は、“身に着けているとき”と“身に着けていないとき”で精度が変わります。
下の画像をご覧下さい。当社では、時計の状態を確認するときに下のような測定器を使います。この測定器で“精度”を測ることができます。
この測定器では、「文字盤を上向きにした状態」、「リューズを下向きにした状態」など、“時計の姿勢”を変えて計測することができます。
例えばこの測定器で精度を測ると、
・文字盤を上向きにした状態
→1日の誤差「+4秒」
・リューズを下向きにした状態
→1日の誤差「+10秒」
・9時側を下向きにした状態
→1日の誤差「+12秒」
のような感じで、“時計の姿勢”によって精度が変わります。
私たちは普段の生活のなかで、腕をいろいろな向きに動かします。当然、時計もいろいろな向きに動かしますので、同じ時計であっても、人の行動によって精度が変わります。具体的には、活動的に動く方ほど、精度誤差を産み出す要因が起こりやすくなります。
この“時計を身に着けているとき”の精度を良くする、つまり携帯精度を向上させる有効な手段が、「振動数を増やす」ことなのです。これが、振動数を増やすメリットです。
誤解のないようにより正確な表現にするなら、「理論上振動が“速い”と、高い精度が出しやすい」と言った方が良いかもしれません。振動が遅くても、精度の良い時計もたくさんあるからです。ただし、振動が「遅い」腕時計に高い精度をあたえるには、時計師の高い調整能力、製造時の高次元な設計と加工精度が必要となります。高い精度を“楽に”実現するなら、振動が「速い」方が有利ということなのです。
■振動が“速いこと”、“遅いこと”のメリット/デメリットまとめ
ここまでの話を理解すると、「振動数は高いほうが良いに決まっている」と感じるかもしれません。しかし、時計の歴史では「過去から現在に向かうにつれて、振動数は増えていく(※1)」のですが、その振動数増加の歴史は、「28800振動=スタンダード」で落ち着くことになります。なぜならば、振動数を増やすことにはデメリットがあるからです。
ここで、振動が“速いこと”と“遅いこと”のメリットとデメリットをまとめてみます。次をご覧下さい。
<振動数におけるメリット・デメリット>
●振動「速い」
・メリット=高い精度(携帯精度)を出しやすい
・デメリット=部品磨耗が早い
・デメリット=ぜんまいのトルク(力)を多く消費する
↑振動の「速い」ハイビート機
●振動「遅い」
・メリット=部品磨耗が遅い
・メリット=ぜんまいのトルク(力)の消費が少ない
・デメリット=高い精度(携帯精度)を出すことが難しい
(※高い精度を出すことは可能ですが、難易度が高い)
↑振動の「遅い」ロービート機
「振動が速い」ということは、「部品が速く動く」という意味でもあります。当然、部品の磨耗も早くなります。逆に、振動が遅いと、部品の磨耗の進行が遅くなります。
つまり、振動を速くすればするほど、“磨耗”への高度な対策が必要になります。
例えば、ゼニスのエルプリメロは、「36000振動」の高振動ムーブメントです。このムーブメントは、“特別なオイル”を部品に注油することで、高振動ながら磨耗を抑えています。やはり、振動を多くするには、“ひと工夫”がなければ実用性が得られません。
↑ゼニスの36000振動には“ひと工夫”がある
また、ぜんまいで動く機械式時計において「振動が速い」ということは、ぜんまいのトルク(力)の多くを「部品を速く動かす」ことに使うことでもあります。逆に、振動を遅くしてぜんまいのトルクを捻出すれば、そのトルクを他のことに充てることができます。典型的な例だと、その捻出したトルクで“ぜんまい持続時間(駆動時間)”を長くする使い方があります。専門的に表現すると、「パワーリザーブを長くするため」ということです。
つまり、振動を速くすればするほど、時計の“駆動時間”が短くなります。
例えば、ブレゲの「クラシック5907」というモデルがあります。このモデルは1999年ごろにマイナーチェンジを行います。その新旧の違いは、旧モデルが「振動数28800、パワーリザーブ約72時間」でしたが、新モデルは「振動数21600、パワーリザーブ約95時間」になります。振動数を落としてパワーリザーブを伸ばしたこのモデルは、まさに、振動数と駆動時間の関係性を表した好例です。
↑ブレゲ/クラシック5907
■最後に
上で、メリットだけでなく、いくつかのデメリットも紹介しました。ひとつ言えることがあります。それは、「現在の各メーカーはデメリットへの対策を頑張っている」ということです。
例えば、振動数が標準(28800振動)を越える“超ハイビート”にする場合には、オイルの改良やシリコン素材の採用など磨耗対策を行い、さらに、主ぜんまいを高トルクのものにして駆動時間もしっかりと確保します。また、パテックフィリップの自動巻時計は少し前まで「21600振動」のロービート機でした(現在は28800振動です)。それでも、パテックフィリップの精度は素晴しいものでした。
↑シリコン素材を採用する“超ハイビート”機
↑精度にも優れるロービート機
理論上は振動数によってメリット・デメリットがありますが、それはあくまで“一般論”です。実際それぞれの人気モデルは、その振動数のデメリットを克服しているものが多いのが現実です。
今回のテーマ「“振動”は、速い方が良いの?遅い方が良いの?」について、冒頭で私の意見を書きました。そこでも書いたように、もし皆さんが、“時計の精度”よりも、“デザインの魅力”や“ムーブメントの魅力”の方が大切なら、振動数にこだわる必要はないです。
また、もしかしたら高級時計が好きな皆さんは、“電波時計”ではなく“高級機械式時計”を選んだ時点で、「精度よりも大切なもの」を優先的な基準にもっているのかもしれません。そんな皆さんが、もし“振動数”にこだわるのであれば、精度よりも「ロービートがもたらすゆったりとした雰囲気」や「超ハイビートがもたらす機構的な魅力」に惹かれるからなのでしょう!
※1・・・時計の歴史においても、「14400振動」→「18000振動」→「19800振動」→「21600振動」→「28800振動」とどんどんと高振動がトレンドになっていきます。アンティークウォッチや懐中時計がほとんどがロービートであるのも、歴史の流れなのです。
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