14.10.2016
時計選びのときに知っておきたい!「独立時計師」という時計用語
Komehyo
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ブログ担当者:那須
“独立時計師”という言葉を聞いたことがありますか?
有名なところでは、フランク・ミュラー氏も元々は独立時計師としてキャリアをスタートさせたことで知られています。
独立時計師とは、時計メーカーに所属せずに、自分でアトリエを構えて時計を独自に製作する人物のことです。中には大手の時計メーカーからその卓越した才能を評価されて、複雑時計の機構開発に協力する独立時計師もいます。日本の着物業界でも、“一竹辻が花”の久保田一竹氏などの“作家物”と言えば皆がうらやむ一品ですが、時計業界でも高名な独立時計師の作品は羨望の対象になることがあります。例えば、フランク・ミュラー氏の初期の作品やフィリップ・デュフォー(デュフール)氏の作品などは、もし市場で販売されれば取り合いになること必至でしょう。
↑フランクミュラー氏は独立時計師だった
※画像は7000CC MB
もし高級時計の購入を検討している方で、「こだわりの時計を」と考えている方は、この“独立時計師”という言葉を知っておいても損はないでしょう。つまり、ロレックス、パネライ、パテックフィリップのようなメジャーな時計ではなく、ニッチな時計を選びたい場合の有効な選択肢になるのです。こだわりの時計選びをされる方は、以下のようなイメージをもってはどうでしょうか。
大手時計メーカー ⇔ 独立時計師
(メジャー) (ニッチ)
大手時計メーカーは生産数も多く、独立時計師よりメジャーな存在です。しかし単純に「大手時計メーカー or 独立時計師」という二択で成り立っているわけではありません。つまり、時計業界では“独立時計師寄りの時計メーカー”や“独立時計師から大手時計メーカーになったブランド”という曖昧な存在があるのです。これは、成功した独立時計師が大手時計メーカー寄りの体制へ向けて進んでいく場合があるからです。今週は、時計業界で頻繁に登場する“独立時計師”に焦点を当てます。
■独立時計師とは?
“独立時計師”という用語を、「個人の才能に頼り、個人名を前面に出しながら、小規模な工房で時計を製造する時計師」と定義しても問題はありません。しかし、どちらかと言うと時計業界では、「独立時計師アカデミー(AHCI)という国際組織に所属している時計師」のことを指します。その組織は数十人のメンバーで構成されていて、日本人の菊野昌宏氏、浅岡肇氏が所属していることでも有名です。スイスの時計新作発表会の場であるバーゼルフェア(バーゼルワールド)にも精力的に作品を出品しています。一人で全ての工程を担当して時計を一から全て作り上げていく職人もいれば、グループごとの分業制で一つの時計を完成させる職人もいます。下で一部のメンバーにはなりますが、独立時計師アカデミーに所属したことのある時計師を紹介します。
<独立時計師アカデミーに所属した時計師>
・スヴェン・アンデルセン
・ヴィンセント・カラブレーゼ
・ジョージ・ダニエルズ
・フィリップ・デュフォー
・ヴィアネイ・ハルター
・フランソワ・ポール・ジュルヌ
・矯大羽(キュウタイユウ)
・フランク・ミュラー
・アントワーヌ・プレジウソ
いずれのメンバーも1980年代から1990年代の機械式時計の復興期に活躍し、時計業界にインパクトを与えた時計師です。彼ら独立時計師が作り出す時計には当然ながら年間製造本数にも限りがあります。しかし、大量生産をしなくてもよいので、独創的な作品を作り出しやすい面があります。そのため、独立時計師の作品には、珍しいものが好きな方にはたまらない逸品が数多くあります。例えば、フィリップ・デュフォー氏の作品を例にとると、機械化したライン生産では達成しえない丁寧な仕上げをもつ“シンプリシティ”、脱進機を2つもつ“デュアリティ”などは独立時計師ならではの作品です。
■メーカー体制に寄っていく独立時計師!
そもそも元を辿れば、現在の大手時計メーカーもかつては個人時計師の才能を頼る時計工房がルーツであることが多いのです。パテッフィリップ、ブレゲ、オーデマピゲ、ブランパンなど枚挙にいとまがありません。つまり、大手時計メーカーもかつての偉大な時計師の才能を頼りに事業をスタートさせ、現在の企業規模にまで至ったのです。
その歴史が繰り返されるのであれば、現代の独立時計師も成功すれば大手時計メーカーへ舵を取っていくパターンがあるはずです。もちろん全ての独立時計師が規模の拡大を望んでいる訳ではありません。しかし、時計師が「より多くの人に自分の作品を届けたい」と考えていて、多くの消費者がその時計師の作品を欲しいと願っている状況があれば、規模の拡大に動くはずです。“フランクミュラー”は既に大手時計メーカーになった好例です。フランクミュラーは独立時計師としての要素を持ちながら、大手時計メーカーのような消費者との身近さをもつ稀有な存在です。フランソワ・ポール・ジュルヌ氏の“F.P.ジュルヌ”も、日本にも直営ブティックを設けこれからさらに発展が望める独立時計師のメーカーです。彼らのような“規模を拡大する独立時計師”のおかげもあり、ニッチな存在である独立時計師はその存在感を増してきています。
■独立時計師の影響力
そして、独立時計師の作り出す革新的な機構は、時計業界に良い刺激を与えます。例えば、1980年代より機械式時計の復権シンボルのように多くのメーカーが手がけた複雑機構“トゥールビヨン”も、彼ら独立時計師の尽力なしには語ることができないぐらいです。もちろんその筆頭はフランク・ミュラー氏です。トゥールビヨン腕時計は、純粋に大きさに制限がある“腕時計”に懐中時計時代の複雑機構を搭載したという意義だけでもすごい偉業です。しかし、1986年に発表したフランク・ミュラー氏の“フリーオシレーショントゥールビヨン”は、トゥールビヨン機構に“レギュレーター表示”や“ジャンピングアワー機構”が組み合わされており、時計業界に大きなインパクトを与えました。現在の複雑機構の腕時計は“トゥールビヨン機構+α”が当たり前になっていますが、フリーオシレーショントゥールビヨンはその先駆けになった印象があります。
↑トゥールビヨン機構
■デザインにも力を入れる独立時計師
さらに、独立時計師の卓越した部分は機構開発だけではないのです。外装面へのこだわりも強いのが独立時計師の特徴のひとつかもしれません。例えばフランク・ミュラー氏は、全てが曲線で構成された“トノウカーベックスケース”を産み出しています。このアイコン的なケース形状は、彼がまだ個人で活動していた時代考案したものです。古典にも優れた美意識を持っていた彼は、古いアンティーク時計に見られる意匠を上手く現代風にアレンジしてみせたのです。
↑トノウカーベックス
また、F.P.ジュルヌも一目で分かる特徴的なデザインをもっています。そのデザインは、かつてカフェで「自分のブランドでコレクションを作ろうと思う」と友人に一枚のデッサンをしたものが、まさに現在のアイコンデザインになっているそうです。このエピソードから、ジュルヌ氏もデザインという要素を大事にしていることが伺えます。ただ、誤解のないように述べますが、デザインと機構設計は密接に関わり合っています。そのため、おそらく独立時計師にとってデザインと機構設計は、どちらも切り離すことのできない重要な要素です。例えば、下のレゾナンス・クロノメーターは簡単に表現すると“2つの時計を左右対称に設置し共鳴させる時計”ですので、機構とデザインを同時に考えないと作り得ない例です。独立時計師は独創的な機構を開発することが多いため、デザインも同時にイメージしながら作っているのでしょう。
↑F.P.ジュルヌのレゾナンス・クロノメーター
いかがでしょうか?独立時計師という存在がどのようなものかご理解いただけたでしょうか。独自機構やデザインを開発する独立時計師は、時計業界に大きなインパクトを与える存在です。しかし、彼らの時計にも欠点がないわけではありません。例えば、独立時計師の作品は大手時計メーカーの時計とは異なり、“置きにいったデザイン”が少ないのです。つまり、ほとんどの作品が個性的なのです。そして、単純な比例の問題ですが、機械式時計には「複雑であればあるほど故障のリスクが上がる」という傾向があります。もちろん、独立時計師は複雑機構という冒険にでますので、彼らは故障リスクと向き合いながら試行錯誤をしています。しかし私たちの目線からすると、彼ら独立時計師は時計業界の中でリスクを負ってでも、新しいものを生み出そうとする存在です。彼らがいるからこそ、私たちは面白い作品に出会えるのです。
さらに、メンテナンス体制も大手メーカーに比べて危うさがあります。懸念の対象は、「独立時計師が時計作りを止めたらメンテナンスはどうなるのか」という点です。例えば、先に紹介したヴィンセント・カラブレーゼ氏は2008年に自身のブランドをブランパンに売却し、ブランパンに所属しました。その後、ブランパンを去り、現在は別のスタイルで時計作りをしています。もちろんカラブレーゼ氏の目の黒いうちは信頼がありますが、転々と移籍する様子を知ってしまうと、その後が心配になります。
ただ、私は思うのです。独立時計師のようなカリスマ時計職人はアブラアン・ルイ・ブレゲを筆頭に昔から存在しました。彼らを支えていたのは、その時計師の作品に惚れ込んだ消費者、つまりパトロンです。現代の独立時計師の作品に惚れ込んだのであれば、「自分はパトロンだ」という広い心で、彼らの作品に向き合えば良いのではないでしょうか。
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