3.12.2021
【今の時計業界の最先端を知る!】なぜ最近、高級時計の部品に「セラミック」が使われるのか?
Komehyo
ブログ担当者:須川
■なぜ最近、高級時計の部品に「セラミック」が使われるのか?
今回は、
なぜ最近、高級時計の部品に「セラミック」が使われるのか?
という点を説明します。
例えば、ロレックスの現行モデルにも、セラミックが使われています。有名なところでは、デイトナ、サブマリーナー、GMTマスターⅡのベゼル素材に、セラミックが使われています。
↑ベゼルにセラミック素材
※画像:ロレックス/デイトナ
実は、セラミック素材が時計の部品に広く使われるようになったのは、2000年代に入ってからです。長い時計製造の歴史を考えると、最近の出来事です。
↑2000年代以降にセラミックが普及
※画像:ウブロ/ビッグバン
では、なぜ最近になって、時計業界でセラミックが採用されるようになったのでしょうか?
これは、下の3つの理由が考えられます。
①(高級時計に向いた)セラミック加工技術が向上したから
②(多くのメーカーが)セラミックの利点に気づいたから
③(高級時計にセラミックを採用することが)消費者に受け入れられたから
今回は、この3つの点を踏まえながら、時計業界で採用されるセラミックについて説明します。
■時計業界でセラミック腕時計が登場!
まずは、時計業界でセラミック腕時計が登場した歴史を説明していきます。
冒頭で、セラミックが時計部品として頻繁に使われるようになったのは、2000年代以降と言いました。しかし、それは“普及”の話であって、実際に登場するのは、そのもっと前からです。
私が知っている範囲では、腕時計にセラミック部品が登場するのは、1972年です。その時に登場したのは、“アルミナ系”のセラミックでした。そして時は過ぎ、時計業界でインパクトのあるセラミック腕時計が登場するのは、1980年代からです。有名な金字塔は、1986年に登場するラドーの「インテグラル」でしょう。これは、セラミックを採用したスタイリッシュなモデルで、大きな話題になりました。また同年に、IWCも「ダ・ヴィンチ3755」にセラミック部品を採用しています。
↑ラドー/インテグラル
しかし、これらの先駆モデルはあるものの、すぐに時計業界にセラミックが普及することはありませんでした。それは、その後、セラミックの主力になる“酸化ジルコニウム系”のセラミックが、1980年代はまだ黎明期だったこともあります。この酸化ジルコニウム系のセラミックの実用化が、時代を経るにつれて徐々に進み、2000年代のセラミック普及につながるのです。
2000年代以降に起こるセラミックの普及は、セラミック加工技術の向上、そして、供給元であるセラミックメーカーの発展が大きな環境要因になっています。特に2000年代は、歯科インプラントでもセラミックが使われるようになりましたし、セラミックの需要は各産業で大きくなっていきます。
少し、セラミック加工の技術向上について触れておきます。実は、セラミックを時計部品にする難しさは、セラミックが“焼き物”であることが関係しています。これは、陶器を想像するとわかりやすいと思います。陶器などの焼き物は、焼き固まる前と後で、かなりサイズが変わってしまう素材です。セラミックも同じで、「焼き上がり時にどのようなサイズになるか」を予測して、作らないといけないのです。特に、腕時計の部品はミリ以下単位で管理されますので、その難しさは想像できます。やはり、腕時計素材としてセラミックが普及するには、セラミック加工技術の向上が不可欠だったのです。
↑焼き物は、焼き固まる前後でサイズが変わる
そして、2000年代以降の“セラミック腕時計の普及”をもたらすアイコンとして登場するモデルが、2000年に登場するシャネル「J12」です。J12は、一部の機能的部品を除き、ケースやブレスレットなど、外装のほとんどをセラミックで作りました。まさに、“セラミックの塊”のような時計です。この時計が、大きな話題になり、世界中で大ヒットしたのです
↑シャネル/J12
このように、セラミック腕時計の歴史は、「ラドーやIWCが先鞭をつけ、シャネルが開花させた」というイメージです。特にシャネルのJ12は影響力が大きく、そこから、多くのフォロワーが生まれました。そしてどんどんと、セラミック腕時計は存在感を増していくのです。
■セラミック腕時計の利点
もちろん、時計メーカーは、伝統的な“金属素材の腕時計”とは異なる良い点があるから、セラミック製の腕時計を作り始めたはずです。では、セラミック腕時計の利点とは何なのでしょうか。
それは、
・傷に強いこと
・綺麗な状態が継続すること
です。
伝統的な“金属素材の腕時計”の外装は、「傷がつきやすい」「傷や変色で風合いが変わる」という欠点がありました。この欠点を、見事に解決する存在が、セラミック腕時計なのです。
実際に、セラミック素材にいち早く目を付けたラドーは、「傷に強い時計」を目指すメーカーでした。そのラドーがチャレンジした素材ですから、傷に強いという点は、セラミックの大きな利点なのでしょう。
セラミックが「どのぐらい傷に強いか」ですが、これは、数値で表すとわかりやすいでしょう。一般的な腕時計で使われるステンレスはビッカース硬度が「~200」ぐらいですが、酸化ジルコニウム系のセラミックは「1200前後」のビッカース硬度があります。つまり、セラミックはステンレスの6倍以上も傷に強いのです。
↑ベゼル部(青色)にセラミック
例えば、上の画像をみていただくとよく分かります。これは、敢えて、「使用傷が付いた時計」を選んで写真を撮りました。これを見ると、金属部分には傷があるにもかかわず、セラミック部(青い部分)には傷がついていないことがわかるでしょう。同時に、セラミック部が、依然として美しさを保っています。
この利点があるセラミックは、長きにわたって愛用することが想定される高級時計の“外装素材”に採用する場合に、魅力的な素材になるでしょう。J12のように外装全体にセラミックを採用する場合もあれば、傷が集中しやすいベゼル部のみをセラミックにする例も増えています。さらに、最近では、文字盤にセラミックを採用する例が登場しました。これは、セラミックの光沢のある美しさを活かした例です。
↑文字盤にセラミックを採用する例
また、セラミックの魅力は、“外装素材”だけにとどまりません。最近では、“ムーブメント部品の素材”にも使われるようになりました。確かに考えてみると、「傷に強い」ということは、「摩耗に強い」ということでもあります。その摩耗耐性を、摩耗が起きやすいムーブメント部品に採用しない手はありません。
例えば、上の写真はIWCの自社ムーブメントですが、摩耗が多い自動巻き上げ部に、セラミックを採用しています。
現在の状況を言うと、「高級時計メーカーは、セラミックの利点に気付き、積極的に採用している」という状況です。外装部品でも、ムーブメント部品でも活躍するのであれば、その流れは、当たり前なのかもしれません。
■セラミック腕時計を消費者は受け入れたのか?
セラミックの加工技術が追いつき、時計メーカーがセラミック腕時計の利点に気づいたとしても、消費者が興味を示さなければ、作る意味がありません。この「消費者に興味を持たせた」という点では、シャネルのJ12の功績が大きいでしょう。
↑J12の功績は大きい
今では、セラミックで作られた「黒い時計」や「白い時計」は、すっかり見慣れた存在になりました。しかし、2000年代より前は、高級時計と言えば、ゴールドやステンレスで作った金属製の腕時計が一般的でした。もちろん、樹脂など、金属以外の素材もありましたが、それらは安価な時計に使われるものでした。
つまり、2000年代までは、
高級時計=金属製
という常識だったのです。
その状況で、シャネルは、高級時計のフラッグシップとして、セラミック製のJ12を作ったのです。これは、私から見ても、かなりリスキーな挑戦をしたと思います。しかし、シャネルはその挑戦を成功させました。これは、シャネルが、「黒色をコーポレートカラーとして大切にしているブランド」であり、「古い価値観に捕らわれないブランド」だから、成し遂げられたのでしょう。
現に、2000年に登場した「最初のJ12」は、
・黒い時計
→コーポレートカラー
・セラミック製
→時計業界の伝統に捕らわれない
という特徴を備えていました。
※白色が登場するのは、その3年後
↑最初のJ12は黒色
この革新的なJ12に、感度の高い世界のカリスマたちが飛びつきました。そして、そのカリスマたちを見て、多くの消費者も、J12を支持するようになります。
このようにして、伝統的から離れた、“革新的な高級時計”であるJ12は、消費者に受け入れられました。そうすると、その成功を見た時計メーカーも、セラミックを取り入れた腕時計を作るようになります。
例えば、2005年に登場するウブロ「ビッグバン」は、セラミック部品を取り入れて成功しました。また、同年に、ロレックスもGMTマスターⅡのベゼル部にセラミックを採用し始めました。
↑ウブロ/ビッグバン
↑ロレックス/GMTマスターⅡ
そして、その後もセラミック腕時計は増えていきます。
このようにして、セラミックは高級時計の世界に普及していきました。きっと、これからもセラミックは、高級時計において重要な存在である続けるでしょう!
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