17.5.2019
【高級時計に詳しくなる】「フライングトゥールビヨン」、「カルーセル」はトゥールビヨンの仲間なの?
Komehyo
ブログ担当者:須川
今週は、少しマニアックな話をしましょう。
それは、「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」の話です。
※トゥールビヨンについては、以前の投稿で説明しています。是非、そちらもご覧ください。
↓↓↓
「高級時計のシンボル的な存在「トゥールビヨン」とは何なのか?」
例えば、下の画像をご覧ください。これは、カルティエの「タンクアメリカン・フライングトゥールビヨン」というモデルです。このモデルの機能は、単純に「トゥールビヨン」と呼ばれずに、「フライングトゥールビヨン」と呼ばれます。つまり、この機構は、単純に「トゥールビヨン」と呼ばない理由があると考えられます。
さらに、別の例として、「カルーセル」があります。カルーセルも、一見トゥールビヨンに見えますが、トゥールビヨンとは区別されている機構です。こちらも、名称を変えていることからも、トゥールビヨンとの違いがあることは間違いありません。
では、以降で、「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」を語りましょう。
■「トゥールビヨン」について
今回は、「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」の話です。そのため、基本知識として、トゥールビヨンについて簡単に説明しておきます。
トゥールビヨンは、簡単に言うと“重力分散装置”です。
↑トゥールビヨンは重力分散装置
少し説明します。時計には、時間を正確に刻むための“ペーシング装置”があります。機械式時計なら、“調速脱進機”と言われる部分が、ペーシング装置に当たります。その調速脱進機は、ヒゲゼンマイの力を利用して規則正しく運動しています。
↑テンプ/ヒゲゼンマイ/アンクル/ガンギ車
などで構成される調速脱進機
しかし、調速脱進機の規則正しい運動には、“嫌な敵”がいます。それが、重力です。私たちも、「上り坂でも、下り坂でも同じペースで歩きなさい」と言われると、無理があるでしょう。やはり、重力は運動をするものに影響を与えます。調速脱進機も同じで、ずっと同じ方向の重力を与え続けられると、規則正しく運動することが困難になります。
そこで考案されたのが、トゥールビヨンです。それは、「同じ方向の重力を、偏って受けないようにしよう」と考え、“調速脱進機を常に回し、その姿勢を変え続ける”手法が考案されたのです。一般的には、キャリッジと言われる籠(ゲージ)に調速脱進機が入れられ、常に回る装置が作られました。
■「フライングトゥールビヨン」とは?
ここからが本題です。では、「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」のひとつとして、“フライングトゥールビヨン”について説明しましょう。まずは、下の画像をご覧ください。
上の画像が「通常のトゥールビヨン」のキャリッジ(調速脱進機)部で、下の画像が「フライングトゥールビヨン」のキャリッジ部です。先に結論を言うと、フライングトゥールビヨンはトゥールビヨンの派生なのですが、その最大の違いは、「ブリッジの有無」です。画像を見ると分かりやすいと思いますが、下にもまとめます。
<トゥールビヨンとフライングトゥールビヨンの違い>
・通常のトゥールビヨン
→ブリッジ有り
(固定が強固)
・フライングトゥールビヨン
→ブリッジ無し
(浮かんでいるように見える視覚的効果)
ブリッジについて説明します。通常、機械式時計のムーブメントは、サンドイッチ構造になっています。つまり、歯車(カナ)を、上下から2つの部品で挟んでいる構造なのです。その挟む2つの部品のうち、“被せ側”として歯車を固定する部品がブリッジです。「受け」とも言われます。より簡単に言うと、「上から押さえる部品」というイメージで大丈夫です。
上の画像を見ても、通常のトゥールビヨンには「押さえる部品」であるブリッジがあり、しっかりとキャリッジ部を文字盤側から押さえているのが分かります。つまり、上下からしっかりとキャリッジ部を強固に固定している点が特徴で、より安心感のある設計です。ブレゲなど、正統派のトゥールビヨンは、こちらのタイプを選択することが多いです。
↑ジラールペルゴ「スリーブリッジトゥールビヨン」
※ブリッジのあるトゥールビヨン
一方、フライングトゥールビヨンは、「押さえる部品」であるブリッジがなく、浮いているように見えます。「フライング(Flying/飛んでいる)」というワードが入るのも頷けるところです。こちらは、より視覚的な面白さを与えるタイプで、トゥールビヨンのダイナミックな動きを視覚的に伝えやすい機構と言えます。これは、1989年以降にブランパンが広めたトゥールビヨンの派生であり、かつてはその強固さに懐疑的な意見もありましたが、現在は多くのメーカーが採用するに至っています。
↑タグホイヤー「カレラ・キャリバーホイヤー02T」
※ブリッジのないトゥールビヨン
■「カルーセル」とは?
「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」のもうひとつとして、“カルーセル”も紹介しておきます。
カルーセルは「回転台」や「回転木馬」を意味します。実際に、カルーセル機構を搭載する時計は、調速脱進機部分が回転します。そして、先に説明したように、トゥールビヨンは“調速脱進機を常に回し、その姿勢を変え続ける”機構です。
つまり、カルーセルもトゥールビヨンも、「調速脱進機部分が回転する」という点では同じです。
実際に、普通の人が見ると、カルーセルとトゥールビヨンは外観がそっくりで、その違いに気付くことは難しいでしょう。では、違いは何なのでしょうか。実は、カルーセルとトゥールビヨンは、“回転させるもの”が違うのです。下にまとめます。
<カルーセルとトゥールビヨンの違い>
・トゥールビヨン
→調速脱進機自体を回す
・カルーセル
→調速脱進機を設置する土台を回す
上で書いたように、トゥールビヨンは“調速脱進機”自体が回り、カルーセルは“調速脱進機を設置する土台”が回ります。そこが最大の違いです。
例えば、「イスに座ったまま360度見渡す」ということを実現したいとします。その際に、解決方法は2つあります。一つは、回転イスを用意し、イス自体を回す方法。もう一つは、回転する床にイスを置く方法です。これは、前者ならトゥールビヨンの発想、後者ならカルーセルの発想と近いでしょう。
より専門的に説明すると、一般的には固定4番車の周りをガンギ車が回り、調速脱進機が入ったゲージ状のキャリッジを回す構造がトゥールビヨン。そして、プレート状のキャリッジを回し、そのキャリッジ上にガンギ車を含む調速脱進機が乗っている構造がカルーセルです(固定歯車は使わない)※。
どうしても、“舞台装置ごと回す”ことになるカルーセルの方が、重い装置を動かすことになります。そのため、一般的には、トゥールビヨンよりカルーセルの方が回転が遅いことが多いです。ただし、ブランパンは最近、1分で1周する、トゥールビヨン並みの回転速度をもつカルーセルの開発に成功しています。
実際、カルーセルは、作るメーカーはごく一部で、最近あまり見ない機構かもしれません。しかし、“調速脱進機を設置する土台を回す”という意味では、最近でも面白い例があります。それは、ユリスナルダンの「フリーク」です。これは、時計の針をムーブメントの一部にした時計で、実質的に調速脱進機が、“時間とともに動く針”に乗っていることになるからです。そのため、フリークはカルーセルの一種と言えます。
↑フリークは針がムーブメントの一部
■最後に
今回は、「トゥールビヨンのように見えるけど、単純に“トゥールビヨン”と呼ばれない機構」として、フライングトゥールビヨンとカルーセルを紹介しました。
結論としては、「フライングトゥールビヨン」はトゥールビヨンの外観違いの派生であり、“トゥールビヨンの仲間”と言えます。しかし、カルーセルは、そもそも構造的にトゥールビヨンと異なりますので、“トゥールビヨンの仲間”とは言えないでしょう。
私としては、一般的なトゥールビヨンを含めて、“調速脱進機を回す”ということにも様々なアプローチがあり、非常に興味深いです。
マニアックな内容かもしれませんが、皆さんも是非、“回る調速脱進機”を見た際は、「どの構造かな?」とチェックしてみてください。
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