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23.9.2016

IWCの“インヂュニア”ってどんなモデル? ~時代に合わせて変化する人気のハイスペックモデル~

Komehyo

ブログ担当者:亀田

 

IWCの代表モデルの一つである“インヂュニア”。ドイツ語で“Ingenieur”と綴り、私たち日本人に分かりやすく訳すと“エンジニア”または“技術者”となります。

 

※“Ingenieur”を“インュニア”とカタカナ表記する方もいますが、メーカー表現に準じてこちらでは“インュニア”と表記します。

 

 

↑インヂュニア・オートマティック(IW323902)
※現行の耐磁モデル(4万A/m)

 

一般的なインヂュニアのイメージは“磁気に強い時計(耐磁時計)”だと思います。しかし最近、その高い耐磁性を省いたモデルをラインナップに加えました。そうすると、「インヂュニアって耐磁性がなくても良いの?」と、好事家は混乱します(※1)。

 

つまり最近は、時計初心者だけでなく、時計玄人からも「インヂュニアってどんなモデル?」という疑問が湧いているのです。

 

私もこの疑問に向き合ってみました。そして、至った回答は「インヂュニアは“時代に合わせてコンセプトを変化させるハイスペックモデル”である」というものです。今週は、IWCにおけるインヂュニアの存在を、私なりに再考させていただきます。

 

 

 

 

 

 

◆インヂュニアの始まり

 

インヂュニアの存在を紐解くために、その歴史を振り返ります。まずはインヂュニアの始まりから見ていきます。

 

先にも述べましたが、そもそもインヂュニアとはドイツ語で“エンジニア”という意味です。なぜドイツ語なのかというと、IWCがスイスのドイツ語圏にあるメーカーだからです。では、なぜインヂュニアという名前をつけたのでしょうか?そのきっかけは、1950年代に電子技術や機械工学が発展し、高い磁力の中で仕事をする人が増えたことです。例えば、発電所の職員やレントゲン撮影技術者などです。IWCはその状況にニーズを見出し、高い磁気にさらされるエンジニアに向けて開発したのがインヂュニアだと言われています

 

インヂュニア最初の登場は、1955年でした。最初期のモデルは今と違い、とてもシンプルなラウンドタイプでした。初期のモデルから8万A/mの耐磁性を備えました。

 

↑シンプルなラウンドのインヂュニア
※左:初期のインヂュニア、右:復刻版(ヴィンテージインヂュニア)

 

発展する電子技術や機械工学のエンジニアは、もちろん社会的な地位が低いはずもありません。そんな社会的地位にあるエンジニアに見合うデザインとして、ラウンドタイプのインヂュニアは作られました。ラウンドのインヂュニアは代表的なRef.666やRef.866などを中心に約20年製造され、1975年ごろ生産終了になったようです。

 

 

 

 

 

◆デザインを大きく変更したインヂュニア

 

その後、1976年以降に登場したインヂュニアは外観を大きく変貌させます。

 

↑大きくデザインを変更したインヂュニア
※画像はインヂュニアSL(Ref.3505)

 

このリニューアルしたインヂュニアが、現在まで続くインヂュニアの直接のデザインソースになっています。リニューアルのデザインを担当したのが、高名な時計デザイナーのジェラルド・ジェンタ氏です。彼は、オーデマピゲのロイヤルオーク、パテックフィリップのノーチラスなどをデザインした時計業界で最も有名なデザイナーです。IWCでもヨットクラブ、ゴルフクラブ、ポロクラブなどをデザインしています。

 

ジェンタ氏がデザインした通称“ジャンボ”と言われる1976年のインヂュニアSL(Ref.1832)をデザインアイコンとして、IWCはその後も様々なインヂュニアを作っていきます。下で、簡単にモデルを紹介します。

 

 

<1976年以降のインヂュニア>
■Ref.1832 インヂュニアSL
ジェラルド・ジェンタ氏デザイン。“ジャンボインヂュニア”、“ビッグインヂュニア”というニックネームもつけられています。約550本のみの販売で1983年ごろに生産終了と言われています。耐磁性能8万A/m。コレクターズアイテム級のモデルです。

 

■Ref.3505 インヂュニアSL
1983~1985年ごろ製造。“スキニーインヂュニア”というニックネームがつけられています。耐磁性能4万A/m。ムーブメントはETAベースのCal.375。この機械はポルシェデザインとのダブルネーム「オーシャン2000」でも使われたIWCの中でも基本中の基本キャリバーです。

 

■Ref.3508 インヂュニア50万A/m
1989-1992ごろ製造。歴史的作品です。その名の通り、50万A/mの耐磁性を謳っています。ニオブ・ジルコニウム合金をひげゼンマイに使用。磁気共鳴断層撮影装置という耐磁性を測る機械にて測定したところ、なんと370万A/mにも耐えたそうです!これは当時、耐磁性を持つ時計の世界記録となりました。理論上はさらに耐えることが可能とされていましたが、当時それ以上の磁気を発生させる機械がなかったそうです。しかし、IWCは謙虚に50万A/mの耐磁性と表現しました。

 

■Ref.3521 インヂュニア・クロノメーター
1993-2001年ごろ製造。ジャガールクルトのCal.889を基にしたCal.887を搭載。またIWCでは珍しくスイス公式クロノメーターに認定されています。

 

 

2001年、Ref.3521を最後にインヂュニアは一度製造を停止します。私はこの1976~2001年までのインヂュニアは、機械式時計に取って代わって普及しようとするクォーツ時計の時代と機械式時計再興の時代に対応した“生き残りを重視したインヂュニア”に感じます。

 

クォーツ時計が台頭する時代には、通常のクォーツ時計が磁気に弱いことからも、何とか“耐磁時計”をアピールし、“企業として生き残ること”に試行錯誤している気がしました。もちろん、ジェンタ氏による新しいデザインもインパクトを残すためであり、その後のスキニーインヂュニア以降も時代に必要とされる“薄さ”を追求しました。そして1980年代にはクォーツのインヂュニアも登場させ、更なる時代への順応をみせます。

 

その後の機械式時計復興の時代には、自社内に厳格な検査があるにもかかわらず、敢えてスイス公式クロノメーターを通した機械式モデルを登場させます。機械式時計への熱が盛り返してきた時期だからこそ、“分かりやすさ”が大事だったのでしょう。

 

 

 

 

 

◆生まれ変わったインヂュニア

 

2005年、新生自社ムーブメントを搭載してインヂュニアは復活します。約34mmだった製造停止前のモデルからすると、42.5mmというサイズは現代にマッチしたサイズです。インヂュニアが途絶えていた間は、IWCの耐磁時計はマークシリーズだけでしたが、再びIWCの耐磁専門モデルが帰ってきました。しかし2007年、インヂュニアのシースルーバックモデルが“非耐磁モデル”として登場し、世間の愛好家は「ん!?」と何かの違和感を感じました。既にインヂュニアの変革が始まっていたのかもしれません。ここからは、2005年以降のインヂュニアの動きを見ていきます。

 

 

↑2005年の新生インヂュニア
※画像は型式IW322701(耐磁性8万A/m)

 

この新生インヂュニア以降、インヂュニアはそれまでとは違ったアプローチを始めます。それは、“自然”と“スポーツ”に向き合うことです。登山家の野口健氏の“シェルパ基金”や地球温暖化に向き合う“クライメットアクション”とのコラボレーション、“インヂュニア・ミッション・アース”をラインナップに加えるなど、“自然”と向き合ったモデルを登場させます。そして、元サッカー選手のジダン氏とのコラボレーションを経て、現在はモータースポーツとのコラボレーションに力を入れています。以前から続くメルセデスAMGとのコラボレーションだけに留まらず、ついに2013年、AMGペトロナスフォーミュラ・ワンチームとの公式技術パートナーとなり、“インヂュニア・クロノグラフ・レーサー”というモデルも登場させました。“レーサー”と名付けられていることからも、モータースポーツに寄ったモデルということが分かります。このモデルも耐磁時計ではありませんでした。

 

↑インヂュニア・クロノグラフ・レーサー
※画像は型式IW378507(耐磁モデルではない)

 

私が感じたことは、IWCは“自然”と“スポーツ”というエクストリームに向き合うことを経て、現在はIWCに足りなかったラインナップをインヂュニアで埋めようとしていることです。その足りなかった点は、“スポーツライン”です。特に、かつて行っていたポルシェデザインとのコラボレーションやGSTシリーズが終了した今、ぽっかりと空いた“スポーツクロノグラフ”というジャンルは重点を置きたいところかもしれません。スポーツラインという打ち出しであれば、特に耐磁性にこだわる必要もありません。インヂュニアに高い耐磁性を省いたモデルが登場した背景には、このような点があるのではないかと個人的に分析しました。もちろん、耐磁時計としてのニーズもありますので、高い耐磁性のあるインヂュニアもラインナップには残しています。IWCの公式WEBページでも、現行の耐磁モデルであるIW3239を「インヂュニアの“クラシックライン”」と表現しています。このことからも現在のインヂュニアは、過去から継続する“耐磁モデル”とその他スポーティなモデルを区分けしているニュアンスを感じます。

 

 

 

 

 

 

まとめると、インヂュニアは以下のイメージでコンセプトを変えたのではないでしょうか。

 

特殊な職業の方向けのモデル
   ↓
時代の変化に生き残るためのモデル
   ↓
スポーツ(エクストリーム)モデル or 伝統の耐磁モデル

 

これで、冒頭での疑問「インヂュニアってどんなモデル?」に対する私の答えが明らかになりました。つまり、インヂュニアは“ハイスペックである”という点は押さえつつ、時代に合わせてコンセプトを変化させているモデルなのです。

 

今後も、インヂュニアがどのような動きをするかを楽しみに観察していきたいと思います。

 

 

 

 

※1・・・耐磁性がゼロになった訳ではありません。一般的な耐磁性は備わっています。つまり、“高い耐磁性”がなくなったという意味です。

 

 

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