9.1.2019
【IWCのウンチク話】ポルトギーゼクロノグラフのこだわりは「秒針」である!
Komehyo
ブログ担当者:須川
突然ですが、問題です。
次の画像は、上から
・IWC「ポルトギーゼ」
・オメガ「スピードマスターデイト」
・ブライトリング「クロノマット」
です。
「この3つの時計の共通点は何でしょうか?」
ちゃんと意図を汲み取って、素直に回答するなら、「クロノグラフ搭載モデル」ということになるでしょう。しかし、より時計に詳しい人が回答すると、「同じムーブメント搭載モデル」と答えるかもしれません。実はこの3つのモデルは、基礎となるムーブメントが同じで、ETA社の「7750」というムーブメントが搭載されています。
「ムーブメントが同じ」という事実を知ってから再び上の画像を見ると、「あれっ?」と感じませんか。
そうです、ポルトギーゼだけ文字盤レイアウトが違うのです。
文字盤に設けられた“小針”と“小針用の文字盤”は、「インダイヤル」と呼ばれます。私たちはこのインダイヤルを“目”に例えて、その数に応じて「2つ目」や「3つ目」と呼びます。通常、ETA社の7750を搭載するクロノグラフは「3つ目」なのですが、ポルトギーゼは「2つ目」です。
さらに、秒針の位置にも注目してください。通常の7750は、秒針の位置が“9時位置”なのに対して、ポルトギーゼの秒針の位置は“6時位置”にあるのです。
前者の「2つ目」の話はよくあることで、「3つ目の一つを隠すだけ」で実現できます。つまり、クロノグラフの“時”積算計を省けば、残った“分”積算計と秒針で「2つ目」になるのです。しかし、後者の「秒針の位置が違う」という話は、普通ではありません。なぜなら、針は歯車と同軸に取り付けられる部品だからです。
ちょっと説明します。文字盤の奥のムーブメントまで覗くと、設計上、秒針の同軸には「秒針用歯車(4番車)」があるはずです。7750なら、“9時位置”に秒針用歯車があり、同軸に秒針を取り付け、文字盤上も“9時位置”に秒針がくるのです。つまり、設計上、秒針が付く位置は決まっているのです。しかし、ポルトギーゼは秒針が“6時位置”にあります。これは、ムーブメントに手を加えない限り、起こらないことです。
つまり、ポルトギーゼクロノグラフは、“敢えて設計を工夫して秒針の位置を変えている時計”なのです!
今週は、このポルトギーゼの秒針へのこだわりを説明しましょう。
■ポルトギーゼクロノグラフの秒針位置のこだわりを紐解く
まずは、「なぜポルトギーゼクロノグラフは秒針位置を変えているのか」を考えてみましょう。私はこの問いに対する正解を知りませんが、想像することは可能です。それは、次のようなものです。
①デザインバランスがより良いと思ったから
②オリジナリティを追求して
このような理由は、想定できそうです。
前者のデザインバランスについては、実際のデザインの完成度を考えると頷けるところです。12時から6時にかけて“縦の2つ目”にすることによって、かなりすっきりとしたクロノグラフデザインを実現しています。
↑すっきりとしたクロノグラフデザイン
では、後者のオリジナリティはどうでしょうか。ポルトギーゼのオリジナルモデルは、大ぶりな手巻ムーブメントを搭載しています。そしてオリジナルモデルは、クロノグラフではなく、小秒針をもつ“3針時計”です。そのオリジナルモデルの秒針位置ですが、やはり秒針が「6時位置」です。下に、サイズは違いますが、オリジナルモデルとデザインの雰囲気が近いRef.3531の画像を用意しました。
↑Ref.3531
「オリジナルモデルが“6時秒針”なので、ポルトギーゼクロノグラフの秒針も“6時位置”にした」という理由は不自然なものではありません。つまり、「ポルトギーゼらしいデザインで、クロノグラフを作る」という意図でオリジナリィを追求したことが、6時位置に秒針が置かれた理由なのかもしれません。
■どうやって秒針の位置を変えた!?
次に、「どうやって秒針の位置を“9時→6時”に変えたのか」についてです。
↑どうやって秒針位置を変えた?
「秒針の位置」の話は、どうしても構造の話となりますので、まず、少し機械式時計の構造の話をしましょう。前提として、機械式時計は“歯車(カナ)の連なり”が動力を伝達し動いています。この“歯車の連なり”を「輪列(りんれつ)」と呼びます。この輪列を川に例えると、「上流が動力源」のイメージです。川上から川下に水が流れるように、動力を順に歯車に流していくのです。
それぞれの歯車を紹介すると、最上流の「1番車(香箱)」には動力ゼンマイがあり、次の「2番車」に分針、「3番車」を経て、「4番車」に秒針を付けることが多いイメージです。
※通常は「4番車=秒針の位置」
通常は「4番車」に秒針を取り付けるので、「4番車が設置される位置」が“秒針の位置”になります。そして、前述の通り、ポルトギーゼクロノグラフが搭載するムーブメントはETA社の7750がベースとなっています。このムーブメントは、下の画像の通り、9時位置に4番車があり、9時位置に秒針があります。
↑ETA7750の秒針位置
↑ポルトギーゼは6時位置に秒針!?
ここまでのことを理解していただくと、勘の良い方はポルトギーゼクロノグラフが秒針の位置を変えた方法を想像できるかもしれません。
思いつく1つの方法は、1~4番車までの基本輪列を変え、4番車(秒針が付く車)の位置を6時位置に変更することです。ただし、これは大掛かりなことになり、せっかく信頼性のあるETA社ムーブメントの基本設計を変えて、リスクをとることになります。現実的ではありません。
実際に行われているのは別の方法で、“輪列の分岐と延長”を行っています。具体的には、基本輪列の流れは崩さずに、基本輪列の途中に枝分かれを作り、別の位置まで延長輪列を作るのです。これにより、通常とは違った位置に、4番車(本来、秒針が付く車)相当の車を設けることができるのです。
イメージしやすいように、「コンセントの差込口」に例えてみましょう。もし、自分の家のコンセントの差込口の場所が使い勝手が悪く、「別の場所に差込口を作りたい」と思ったとしましょう。その場合、皆さんならどうしますか?きっと、壁の裏側にある配線の位置を変更するような大掛かりなことはしないでしょう。そこまでしなくても、“延長コード”を使って別の場所にコンセントの差込口を作れば良いのですから。ポルトギーゼクロノグラフの場合は、「延長コード」ではなく、「伝え車」を使って別の場所に秒針を移動させたのです。
ただし、この“秒針の移動”は簡単ではありません。ちょっと下の画像をご覧ください。青い丸が1から3番車までの輪列の場所なのですが、ポルトギーゼクロノグラフが秒針を設置したい場所(6時位置)には、既に別の歯車が存在します。これでは、輪列を延長しても、希望の場所に秒針を置くことができません。
そこで、ポルトギーゼクロノグラフは、輪列を一段上の層にまで回して、秒針を6時位置に移動させています。“基本輪列がある層”が1階だとすると、2階まで上がって、基本輪列がある場所を回避したイメージです。“秒針の移動”をするために、ここまでのことを行っているのです。
この手の込んだ“秒針の移動”を見ると、私は、
「IWCは、ポルトギーゼクロノグラフの秒針位置にかなりこだわっている」
という風に感じるのです。
■最後に
少し話は変わりますが、IWCは2016年に、新たな自社製クロノグラフムーブメント「69370」を発表しました。これは、下の画像のインヂュニアの限定モデルに搭載されました。このムーブメントの役割としては、「ETA社の7750を搭載しているモデルを、自社製に切り替えること」だと思います。しかし、私はこのモデルを見た時に、少し驚きがありました。なんと、この自社クロノグラフムーブメントは、秒針が“6時位置”にあるのです!
上:インヂュニア“ルドルフ・カラツィオラ”
下:自社ムーブメントCal.69370
クロノグラフの文字盤レイアウトとしてはETA7750に似た「3つ目」ですが、秒針の位置と“時”積算計の位置が逆です。つまりこの新ムーブメントは、設計上、最初から6時位置に秒針があるのです。これを見て、私は「近い将来に、“時”積算計を省いてポルトギーゼに搭載するだろう」と思いました。
案の定、2018年にそれが実現しました。IWCは150周年を記念するポルトギーゼに、先のインヂュニアに搭載したムーブメントの“2つ目”仕様である「69355」を搭載したのです。やはり、この新ムーブメントはポルトギーゼクロノグラフへの搭載を視野に入れて開発されていたのです。そのための、“6時秒針”だったのです。
上:150周年ポルトギーゼIW371601
下:自社ムーブメントCal.69355
つまり、IWCは新ムーブメントを、使い勝手の良いであろう「ETA7750の代替機」にせずに、「ポルトギーゼクロノグラフに合うムーブメント」にしたのです。
そう思うと、IWCはやはり、ポルトギーゼクロノグラフを重要に考えているのです。そして、その文字盤にあるこだわりの“秒針”もまた、同様に重要なのでしょう!
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